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特集:Barbie Skunk – supported by SRH

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PROFILE OF |Barbie Skunk|

—–岐阜大垣発LA経由、現在ハワイ在住のbarbie skunk。彼女を一言で表現するのはとても難しい。音楽を愛しファッションを愛しタトゥーを愛する彼女が選択した道は海外移住。常にポジティブで常にタフで、そしてなかなか日本人女性には見られない度胸が備わった行動力。TOO MUCHでCARZYと周りから言われながらも我が道を進む彼女の魅力に肩書きは必要ない。そんな彼女の幼少時代はというと…
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『虐められたりもしたんだけど凄く自己中だったかも?虐められても仕方がないみたいな(笑)それで凄く目立ちたがり屋だった。目立ちたがり屋なのに変な所シャイみたいな。
小学校の頃からピアノをやってて。でもクラシックだったからあまり興味なくて、結構適当にやりながらも検定に受かちゃったりして。先生になれる位のレベルまで。小学生の頃からビートルズとか聴いてたかも。レコード持ってる友達の家に行ったりして、色々レコードを聴かせて貰って。それで、ビートルズとか知って。そこから自然とセックス・ピストルズを知って。いわゆるJPOPみたいなのはあまり聴いて無くて。聴いてもB’zとか。結構ませてたかも。興味があったのが本当に音楽とファッションだけで。学校は大嫌いだったし。大阪とか東京とは違って凄い田舎も田舎だったし、駅も無人駅みたいな世界だっただから(笑)』

—–音楽やファッションの情報もなかなか手に入らず西海岸と言う言葉すら分からないままニルバーナなどのグランジを聴き始め、最終的にハードコアに辿り着くと同時にパンク系のバンドファッションにも興味を持ち始める。

『実際昔は西海岸っていう言葉すらも知らなくて。ニルバーナとか聴き始めて、そのままハードコアが凄く好きになって。とにかくハードコアが好きで、その内ハイスタンダードとかの存在を知って聴くようになって。ファッションも大好きだったから、バンドの人達が着てるような服なんかを着る様になっていったんだけど、そういう服って結構男の子っぽいじゃない?だから女の子はどんなの着るんだろうって思って研究し始めて。で、これ可愛いなとか、あれいいなって探していったら西海岸系に辿り着いた感じかな。
スケートとかも少しやってたし、動きやすくて、ロックで、カジュアルでってなった時にカリフォルニアの女の子とかが着てるような服が好きになっていって。後々、友達のやってる店に行ったりしてそれが西海岸のファッションなんだって事に気が付いて。実際その頃キャバクラで働いてたりしてたんだけどなんか疲れて、そういうアパレル・ショップで働いてた時期もあったし。』

—–その当時はハードコアのシーンで遊んでいた彼女。しかし年上だった周りの仲間は次第にシーンから離れ、コットンマウスキングスに出会った彼女の遊び場は次第に西海岸シーンへと移っていく。ファッションもSRHやDxAxMやディッキーズを取り入れ始めたのも自然な成り行きだ。そしてアメリカ行きを決心する。

『西海岸のカルチャーが好きになって。いつかは行ってみたいとは思ってたんだけど。西海岸には大好きなコットンマウス・キングスとかいるし。でも英語は話せないし行けるとは思ってなかったの。行ったって死ぬだけだしなー(笑)って思ってたの。何かをするのに一歩踏み出す時って勇気がいるじゃない?で、そんな中大失恋をしちゃって(笑)その大失恋が結構大きくて。まー色々あって(笑)。その頃まだキャバクラで働いてて。お客さんとかにも失恋なんて初めてだし、胸が痛い!って相談したりして(笑)相談してて思ったのが、やっぱり自分ががんばって輝いていないとダメなんだと。自分磨きをして、相手に釣り合うような存在にならないとって。自分の自信の無さが原因だって思って。それでそのお客さんにも、一番何がしたいの?何が好きなの?って聞かれて。それでやりたい事は音楽とファッションって事を再認識して。最初東京に行けばって言われたんだけど、う~~ん東京じゃないなと。じゃー思いきってLAって(笑)』

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—–大失恋をきっかけに以前から一度は行ってみたかったLA行きを決意し、周りの友達の協力などを得て実行するべく即行動へ移す。決めてからは早かったようだ。

『とにかくめっちゃがんばって働いて一ヶ月後には行ってたかも。て言っても、ビザとか何も知らなくて。どれ位滞在出来るとかも(笑)旅行会社の人に観光だと3か月しかいれないからって言われて。え?そうなの?ってなって(笑)それならまずは3か月いっぱいいっぱい行こうと思って。それが2005年~2006年位だからもう10年前とかかな?それで最初は実はサンディエゴで。LAとサンディエゴが近いって思ってて(笑)最初は唯一のアメリカの友達に家を探して貰って。どこに住みたいって聞かれてサンディエゴ辺りって適当に答えたら結局サンディエゴに家を借りててくれて。それで、私本当に馬鹿なんだけどね。時差があるって事頭になかったの(笑)』

—–全くの知識ゼロで向かったカリフォルニア。13日出発で14日に到着すると勘違いしていた事に飛行機の中で気が付いた彼女だから驚きである。

『いきなりピンチで(笑)でも結局飛行機の中で寝て(笑)空港に着いたんだけど、さーどうしようと。取りあえず電話に小銭を入れまくって電話しても出ないから留守電に入れたりしたんだけど当然英語も話せないから、”エアポートプリーズ”みたいなね(笑)こんなんじゃ絶対に無理って思って。小銭も無かったから日本人の男の子に貰って(笑)で、英語を話せる日本人の女の子に英語で留守電に残して貰ったはいいんだけど、無茶不安じゃん?とりあえずマクドナルドでご飯食べてたら。そしたらなんか名前を呼ばれて!その瞬間スーツケース持ってガラガラガラ~~って走っていって(笑)』

—–この辺りが天然な彼女のラッキーな一面なのかもしれない。少しでも関わった人々が常に彼女に小さな幸運を与え続けている様な気がする。もちろんそれは彼女が持つ人を惹き付ける魅力があってこそなのだが。

『でもその家がね。とにかく遠くて。LAなんかもちろん遠いし、近所のお店行くのにも車ないと無理で。その時のイタリア人の同居人が色々送り迎えとかしてくれたんだけど。やっぱりその子にお世話になってばかりいれないから、帰れない時はビーチで野宿したりとかしてた。なんか”帰れないからコットンマウス・キングスのライブを諦めよう”とかも無い!って思ってたし。本当に私LAで死んでもいいって思って来てたから。一筆書こうと思った位。このまま日本でやりたい事出来ずに死ぬんだったら、アメリカ行っちゃって撃ち殺された方がましかなって思ってたから。』

—–天然でいて極端な彼女の心に嘘偽りはない。撃ち殺された方がましという言葉も彼女ならではの”必死に前に進む”過程での発言であり冗談に聞こえるようだが彼女にとっては常に本気なのだ。そしてサンディエゴからLAへ移る事になる。

『それで定期的にコットンマウスとかのSRH回りのライブに遊びに行ったりしてたんだけど、結局サンディエゴは1か月位しかいなくて。ライブとかもLAが多かったし、ライブ見る度にLA行って帰って行ってとか結構大変だったからLAに移ったの。それで安いホテル暮らしを開始したの。それで結構ライブに出入りしていく内にメンバーとか、SRHの関係者とかと仲良くなり始めたんだけど…』

—–ライブを観たり友達とハングアウトしたり、順調だと思われた彼女の3ヶ月間のカリフォルニアの旅も最後はトラブルに巻き込まれる事になる。

『最後はホテル暮らししてる時にホテルで3000ドル盗まれちゃって…で、帰りのチケットの日付を超えてギリギリで帰ろうと思ってたからチケット代も払わないといけなくて。帰れないってなったんだけど色々友達が動いて助けてくれて。しかもその中で新しい出会いとかあって、その時に家に停めてくれた子が今でも仲の良い友達で。あ、その友達がカメラマンもやってて、その時初めてモデルとして撮影したの。私本当に運がいいなって思う。その時から私がモデルでその子がカメラマンのコンビが始まった感じだし。それで一時3か月の観光ビザが終わって日本に帰国して。』

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—–ピンチもプラスに変えてしまう運の良さとポジティブさは是非見習いたい。そしてここで彼女は日本へ一時帰国。それもほんの数週間で学生ビザを取得し引き寄せられるかの様にLAへ戻るのである。ここからまた彼女の波乱万丈な生活が待っていたが、紙面で書けない事も多数…

『LAで住んだ所が日本人の友達の家だったんだけど、またそこがゲトーで(笑)メキシカンギャングが住んでますみたいな所に、ハードコアバンドをやってる白人2人とロックンロールバンドをやってる日本人1人みたいな環境で。そこでバンド練習とかしてて(笑)夜とかうるさい!って物とか投げられちゃうような(笑)そこで暫くその友達のバンドのライブの手伝いとかしたり、ローディーの様な事をしたりして。コットンマウスのライブとかあったら行ったりって。で、車とかも5台位壊したりしてかな(笑)。安いのばかり買ってたから、最初から良い車買ってれば良かったし!みたいな(笑)』

——英語も話せず単身LAへ移住した彼女。数少ない友達に助けられながらも、生活する為にここでは書けない様な事、伝えきれない事もしてきたようだ。更に危険な目にもたくさんあってきたようである。

『ちょっといつかは忘れちゃったんだけど。ライブの帰りにバスで帰ろうと思ってバス停を探してたんだけど。バス停がちょっと遠くて歩いてたの。そしたらチカーノ風のお兄ちゃんが後ろを歩いてて。パッと後ろ見たら思ったより近くて。え?って思って前見たら、今度は街灯に照らされた道の奥から人の影が増えてくるのが見えて。4~5人位かな。それでとっさにヤバイかもって思った時には、車が3台位来たの。これは本気で殺されるって思って、車に轢かれる寸前位の所でパッっと道を渡って。周りは壁だらけだし本気でヤバイと思って良くアメリカの脇道とかにあるトラッシュ缶を捨てる大きなゴミ箱があるんだけど。そこにとりあえず入ったの(笑)
とりあえずそこの中でじっとしてたんだけど、外ではスパニッシュ英語みたいな声が聞こえて。むっちゃ怖いって。でもね。その時思ったのが、私逃げてるんじゃん。って。死ぬ覚悟でアメリカに来たとか言いながら、結局逃げてるじゃんって。結局死にたくないんだなって思ったときに、命を粗末にしたらいかんって思ったし、生きてる事に感謝しないといけないんだなって思った。ゴミ箱の中で(笑)一時間位いたかな?それでグレイハウンドバスに乗って家に帰った(笑)』

——危険な目に遭いながらも常にポジティブなマインドを持った彼女は生きるコトの大切さと執着心を学ぶ。そしてアメリカでの生活が数カ月経った頃ストリップダンスに出会う。

『元々ああいう派手なポールダンスとかストリップダンスは凄く興味があって。日本だとなんかおじさんしかいなくて(笑)凄くエグイイメージがあったし、実際日本ではキャバクラとかで働いたけどアメリカみたいなストリップがあったら確実に働いてたと思う。って位アメリカのストリップみたいなのは凄く好きで。ステージとか華やかな世界が好きだから、ちょっとやってみようかなって思って。踊らせてくれる所を探してたんだけど、やっとメキシカン系のストリップクラブを見つけてそこで踊る様になって…』

ストリップダンスという新しい表現方法を見つけた彼女の波乱万丈でリアルなLA生活の話はまだまだ続きます。

| 特集:Barbie Skunk前編 | 後編 /インタビュー |




photo by Orlando Benedicto
http://orlandobenedicto.com/

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