展覧会『生誕100年 回顧展 石本 正』2021年4月2日(金)~5月24日(月)at 島根県立美術館
舞妓の画家は、ふるさとの画家、島根県浜田市三隅町が生んだ日本画家、石本 正(1920-2015)の生誕100年を記念し回顧展を開催
島根県立美術館では、企画展「生誕100年 回顧展 石本 正」を開催いたします。 京都を活動の場に、戦後は前衛的団体である創造美術に参加し、新世代として評価されるようになります。 やがて舞妓や裸婦の人体表現が、それまでの日本画にはない体温や肌の質感を感じさせるとして注目されました。 本展では画家のイメージを新たにするような風景や鳥、花を題材にした作品や、膨大な素描類を含む約180点で全画業を紹介します。 浜田市立石正美術館の門外不出の作品の他、全国より代表作を集めた初の大回顧展です。
展覧会『生誕100年 回顧展 石本 正』
【日程】
2021年4月2日(金)~5月24日(月)
火曜休館(ただし5月4日は開館)
開館時間/10:00~日没後30分(展示室への入場は日没時刻)
【会場】
島根県立美術館
【料金】
時指定オンライン決済券 (美術館ホームページよりご購入いただけます)
一 般/企画展・コレクション展セット900円
大学生/企画展・コレクション展セット700円
小中高/企画展・コレクション展セット300円
日時指定・入場券の購入はこちらから
https://www.e-tix.jp/shimane-art-museum/
日時指定当日券(ご来館当日総合受付にてご購入いただけます)
一 般/企画展1,000円、 企画展・コレクション展セット1,150円
大学生/企画展600円、 企画展・コレクション展セット700円
小中高/企画展・コレクション展セット300円
●小・中・高生の学校教育活動での観覧は無料
●身体障害者手帳、 療育手帳、 精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方、 及び
その付添人は無料
感染症対策のため、 ご観覧の前に日時指定のご協力をお願いいたします。
●パスポート会員の方に限り日時指定は必要ありません。
【主催】
島根県立美術館、日本海テレビ、NHK松江放送局、山陰中央新報社、朝日新聞社、SPSしまねグループ
【特別協力】
浜田市立石正美術館
【協賛】
NISSHA株式会社
【後援】
毎日新聞松江支局、読売新聞松江支局、産経新聞社、中国新聞社、新日本海新聞社、島根日日新聞社、TSKさんいん中央テレビ、BSS山陰放送、エフエム山陰、山陰ケーブルビジョン
展示構成
【第1章】画家となる(1930年~1949年)
【第2章】画家としての挑戦(1950年~1963年)
【第3章】中世ヨーロッパと舞妓の画家(1964年~1973年)
【第4章】花と裸婦(1974年~2000年)
【第5章】絵を描くよろこび(2001年~2015年)
【第 1 章】画家となる( 1930 年~ 1949 年)
石本 正は、1920(大正9)年7月3日に島根県那賀郡岡見村(現浜田市三隅町岡見)に生まれた。 田舎町ではあったが、実業家のおじの影響もあって、当時としては珍しいレコードや様々な種類の本にも親しみ、また子供らしくヘビや昆虫、魚を相手に豊かな自然の中で活発に遊びまわった。 生涯自由で独創的な創作姿勢を貫いた彼は、この故郷における幼少期の経験や記憶が、自らの画家としての原点だと語っている。【第 2 章】画家としての挑戦( 1950 年~ 1963 年)
1949(昭和24)年に、母校である京都市立美術専門学校の助手となった。 そして翌1950(昭和25)年には、当時助教授だった日本画家・秋野不矩の勧めで日展から創造美術(のちの創画会)に活動の場を移す。 ここからの十数年は、石本の画風が最も大きく変容した画家としての挑戦とも言える時代となっていく。【第 3 章】中世ヨーロッパと舞妓の画家( 1964 年~ 1973 年)
渡欧で目にした憧れの本物の作品は、彼の心に大きな感動と衝撃を与える。 特に中世特有のフレスコ技法で描かれた壁画に、自身が向き合う日本画に通じる繊細な色あいや表現、精神性を強く感じ取った。 石本は、この文化に直に触れることは、これからの日本美術を考えるうえでとても重要なことだと確信する。 やがて学生や卒業生らも伴い、何度もヨーロッパ美術の旅に行くようになった。石本芸術を象徴する舞妓が多く見られるようになるのは、ちょうどこの時期に重なる。 これまで多くの日本画家が描いてきた舞妓を主題にして、現代の自分にしか描けない新たな舞妓像を追求しようとする石本の強い思いがあった。
1971(昭和46)年、第21回芸術選奨文部大臣賞と第3回日本芸術大賞の二賞を受賞した後はすべての賞を辞退し、地位や名誉を求めない姿勢を貫いていく。
【第 4 章】花と裸婦( 1974 年~ 2000 年)
1974(昭和49)年、上村松篁、秋野不矩らとともに創画会を結成した。 この第1回展に出品した《鶏頭》は、大作としてははじめてとなる花を主題とする作品で、これまでにない内容に、新たに立ち上がった創画会への意気込みを感じさせた。 この頃を境にヌードの舞妓を描いた作品がほとんど見られなくなり、舞妓ではない裸婦や花の作品が多くなっていく。 石本にとって女性は聖なるもの、美しいものの象徴であり、その追求は永遠のテーマともなっていた。【第 5 章】絵を描くよろこび( 2001 年~ 20 15 年)
80歳を目前にした頃、ふるさと石見に想いを馳せるようになった。 これまで何ものにもとらわれず、自由で独創的な絵を描き続けることができたのは、故郷の自然の中で遊び過ごした豊かな思い出や経験が根底にあると感じるようになったためだった。「描きたいものが次から次へと湧き出てくる。 忙しくてしかたない」と繰り返し口にし、大好きなクラシック音楽を聴きながら、同時に何枚ものパネルを並べて絵に向かった。 自身の空想と戯れるような瑞々しくのびやかな表現は、90代とは思えないほど自由な心で描かれていた。
2015(平成27)年9月26日、画家・石本 正は95歳で静かにこの世を去った。 主のいなくなったアトリエには、絶筆《舞妓》(No.200)とともに描きかけの作品が30点近く遺されていた。
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