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西丹沢 大滝キャンプ場を舞台に5年目の開催を迎える神奈川・湘南発、野外パーティー...


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YUKI (VITAMIN-Q Byron Bay) インタビュー / A-FILES オルタナティヴ ストリートカルチャー ウェブマガジン
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西田 優太 (海旅Camp、RAINBOW CHILD 2020) × 佐野 碧 (HIKARI SONG GIFT) インタビュー/ A-FILES オルタナティヴ ストリートカルチャー ウェブマガジン
西田 優太 (海旅Camp、RAINBOW CHILD 2020) × 佐野 碧 (HIKARI SONG GIFT)
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ILL-BOSSTINO [THA BLUE HERB]
特別な日、長い年月の中でそう言える日はどれだけあるだろうか? 2017年10月29日、日比谷野音で行われたTHA BLUE HERB 結成20周年ワンマンライブ...

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津田紀昭 (KEMURI) INTERVIEW

津田紀昭 (KEMURI) インタビュー

Profile of |KEMURI|


4月にUSツアー5公演をこなし、6月にはオール・タイム・ベスト・アルバム『SKA BRAVO』、そしてつい先日通算11枚目となるオリジナル・アルバム『F』をリリースと、その勢いはとどまる事を知らない結成20周年を迎えたKEMURIからオリジナルメンバーでもあるベーシスト津田氏に、他では聞けない??熱いお話を伺いました!

津田紀昭 (KEMURI) インタビュー

—–まずは結成20周年おめでとうございます!

ありがとうございます!

—–今年に入って更に活動ペースは上がってきましたね?

そうですね。これまでの曲を新録したベストアルバム『SKA BRAVO』を6月にリリースして、7月15日に完全新曲を収録したアルバム『F』がリリースされるので、バタバタはしてますね(笑)。

—–この流れは20周年という事もあるとは思うのですが、前々から構想はあったのでしょうか?

それが前から構想は無くて(笑)。ニューアルバムの方は元々考えてはいたんですけど、ベストの方は、KEMURIと付き合いが凄く長いレーベルの方から提案を頂いて制作する事になったんです。

—–ベストとなると選曲も大変になるとは思うんですけど、バンドメンバーやレーベルの人達とどんな基準で選んだんですか?

基本KEMURIはライブバンドなので、ライブで盛りあがる曲っていうのを中心に、レーベルの人のアイデアなども聞きながらみんなで決めましたね。

—–結構揉めたりはしなかったんですか?(笑)

いや(笑)、あんまり今回は無かったですね。

—–実際メンバーで誰が一番曲決めとかで主張するのでしょう?

前はだいたい俺が、『いや、それ無いっしょ。』とか、『こっちがいいんじゃない?』とか言ってたんですけど、再結成してからはあんまり言わなくなりましたね(笑)。いつもだと曲順とかも、『これ一曲目じゃないと厳しいでしょ。。』とか(笑)。でも最近はメンバーとかレーベルの人とか色々な人の意見を聞くようになりました。

—–ボーカルのふみおさんが結構そういう拘りが強そうなイメージでした。

ふみお君の方が今回は色々提案してくれた感じはありますね。前なんかは俺の提案とかを尊重してくれたりもしてたんですけど、基本揉めたりとかは全然ないですよ(笑)。

—–そうなんですね(笑)。話は変わりますが、ベストアルバムリリース前には17年ぶりのアメリカツアーも4月に行ってますよね。

ベストアルバムを録ってニューアルバムを録って、そのままカリフォルニアツアーに行きました。

—–物凄いスケジュールですよね(笑)。

KEMURIならではの懐かしい感じでした(笑)。

—–(笑)。実際ツアーはどうでしたか?

凄く新鮮だったというか、昔行った時も毎日ガムシャラにライブして違う所に移動してみたいな感じだったので、『あ~こんな感じだったな~』って。運転手も昔に対バンしてツアーも一緒に周ったMU330ってバンドのダンって人がやってくれて、一緒にダンもアコギで参加してくれたり楽しかったですね。

—–当時KEMURIが活動し始めた頃って僕がまだ10代の頃で、勝手なイメージなんですけど海外で活動している逆輸入バンドっぽいイメージがあって衝撃を受けたのを覚えているんですけど、海外への想いというか拘りみたいなのはあったんですか?

俺らの世代って日本語パンクロックを聴いて育った世代だったんですけど、あの当時って英語で歌うバンドがどんどん出てきて音も海外っぽくて俺にとっては凄く新しかったんですよね。

—–90年代半ば~後半位ですよね。

そうですね。それでふみお君とバンドをするってなって、たまたまふみお君が英語を話せて、『これだけ話せるなら英詞でしょ!』って(笑)。

—–あの当時なかなか海外と交流するバンドっていなかったと思うんですけど、結構すんなり海外との関わりは持てたんですか?

ふみお君がいたお陰だと思いますよ。ファーストアルバムをレコーディングした時も当時スカンキンピックルのマイクパークの家に一ヶ月間居候させて貰って毎日スタジオ行ってレコーディングしてライブしてって感じで。俺的には海外にそれまで行った事も無かったから凄く新鮮で全てが今まで経験した事のない事ばかりで。

—–それって何歳頃のお話ですか?

当時29歳だったかな?

—–え?もっと若いと思ってました!

そうなんですよ。みんなKEMURIは意外と遅咲きなんですよ。ふみお君は俺より一つ上ですし。当時はこういうジャンルのバンドをやってる人達って20代前半とかだったから。ダックミサイルなんかも若かったですし、俺らなんてオッサンでしたよね既に(笑)。

—–そうだったんですね。僕はSKA PUNKのコンピレーションアルバムでKEMURIの『Ato-Ichinen』を聴いてずっと海外のバンド?って思ってました(笑)。

それは”Misfits of Ska 2″ですね。結構謎なバンドだったんですよ(笑)。ライブは全然やって無かった割りに音源は出してるし、『どんな奴らなんだ?』って(笑)。

—–海外で活動してって思ってたファンも多かったかもしれないですね。

実際はふみお君だけが海外に住んでたんですけどね(笑)。後はアートワークとかもアメリカっぽくしたり、そういうのには結構拘ってましたね。

—–完全にそういう見せられ方されてました(笑)。ちなみに、当時海外ではスカパンクも含めメロディックなパンクバンドなどが増えてきて、実際なぜスカパンクバンドを結成しようと思ったんですか?

きっかけはメロコアなんですよ。今までゴリゴリのハードコアとかパンクをやっていて、それが一段落した時に同時進行でバッドレリジョンとか、NOFXとか今でいうメロコアを聴いていて。でも当時はメロディックハードコアっていう括りでダグナスティーとか、マイナースレットとかも一緒くたに聴いていたんですね。

—–一気にああいうパンクが広がりましたよね。

段々メロディーがある音に惹かれてきて。あまりそういう曲とかも作った事無かったから自分なりに出来るのかな?って曲を作っては溜めてて。それでふみお君とやるってなった時に、その溜めてた曲を持っていったりしてたんですけど、まだ曲もスカアレンジとかは全然されてなかったですね。ちょうどその頃って地元に戻ってレコード屋さんでバイトをしてた頃で、毎日のように新しい音源が入荷されて来る中レスザン ジェイクとかスカンキンピックルとかああいう若い新しい感じのスカパンクの音が新鮮でいいなって思って片っ端から聴きまくってて。

—–たくさんカッコいいバンドがいましたね!

そうそう!それで、『スカパンクみたいなのいいんじゃない?』ってなって、ふみお君が管楽器隊を集めてきて、結局ギターもドラムも東京で集めてくれて。

—–まだその頃は津田さんは地元だったんですよね?

そうですね。まだ地元にいたんですけど、結局デモをレコーディングしようって事になったんですね。それもふみお君がアメリカで自分一人で活動したいみたいな流れでもあったので、アメリカ行くんだったらデモを録っちゃおうみたいな感じで(笑)。

—–まだバンドがちゃんと固まってはいない感じではあったわけですよね?

そうなんです。それで後にファーストに入った曲なんかを4曲位レコーディングしたら、『これは結構いい!』ってなりまして(笑)。

—–予想外の展開ですね(笑)。

ふみお君も、『これはやっぱりバンドをするしか無い!』ってなって帰って来たんですよ(笑)。でも俺はもう田舎に引っ込んでたし29歳になった位の時でとにかく凄く悩んで。。『30歳になるまでの後1年やってみようかな~』って東京に出て来てそのまま今に至るという(笑)。

—–後1年が気がついたら20年ですね(笑)。

ラッキーな事にあっと言う間にファーストのリリースも決まって海外リリースも決まって、全米ツアーも決まって(笑)。『出て来て良かったな~』って(笑)。

—–縁とかタイミングなんでしょうね。

東京に出て無かったらこうはなってなかったかな。

津田紀昭 (KEMURI) インタビュー

—–ちなみに地元はどちらなんですか?

下関ですね。北九州と近いので若い頃からいつも小倉に行って音楽をやったり遊んだりしてました。

—–小倉はハードコアも盛んですしね。

ある意味街自体がハードコアなんで(笑)。

—–確かに。。(笑)。その当時はパンクとかハードコアシーンが主に好きだったんですか?

精力的に活動している年上のバンドの人達とかたくさんいて、博多はもっとハードコアが盛んだったし、実際バンドを始めたのもハードコアがきっかけでしたしね。

—–その当時からベースですか?

中学校の頃結構周りがみんなパンクとか好きで、ルースターズとかモッズとかいわゆるメンタイロックって呼ばれてるバンドが凄く好きになったんです。それで最初そういうバンドのコピーバンドをやったんですよ。コードとかそういうの全然詳しく無いし、とりあえずベースはギターより単音だし弾けるかなって思ったし、シドビシャスが好きだったりみたいな単純な理由でしたね。ほんとファッションでした(笑)。それは今も変らないけど(笑)。

—–そんな事はないと思いますけど(笑)。でも中学生でルースターズのコピーバンドって渋いすね(笑)。

今思うと弾けてたのかなって思うけど(笑)。その時は弾けてる感じで(笑)。ちょうどその頃ルースターズの小倉凱旋ライブかなんかがあって、ライブ中にステージ壊れるし、お客さん激しいしでかなり影響は受けましたね。

—–その時は、『バンドで飯を食うぞ!』みたいな夢はあったんですか?

中学校でやってたのは文化祭ノリみたいな感じだったんですけど、パンクバンドはずっと真剣にやりたいなっていうのはあったのでライブハウスにもっと出入りするようになって高校1年の終わりの頃に、前のバンドのアグレッシブドッグスを結成したんです。

—–アグレッシブドックスを高校の頃に結成って物凄い歴史がありますよね!

早かったですね。高校2年の夏休みにはもう東京でライブをしてましたし。

—–え?アグレッシブドックスでですか?

そうです。最初先輩のバンドが行くはずだったんですけど行けなくなってしまって、『お前達行く?』って聞かれたから、『行く行く!』って(笑)。

—–それってどうやって行ったんですか?

フェリーです(笑)。

—–え?(笑)

楽器だけ持って夕方に小倉を出て一晩明けた朝に着くみたいな(笑)。新幹線が凄く高くて。しかも滅茶苦茶台風で船がヤバイ状態でしたね(笑)。

—–(笑)。高校2年生で凄いですね(笑)。

激しかったです(笑)。

—–ちなみにどこのライブハウスでやったんですか?

最初が横浜のジーンジニーって所で場所とか覚えてないんですけど、その時はメインがソドムで、俺らと地元のバンドで。みんな鋲ジャン着てモヒカンで(笑)。相当悪かったですね(笑)。俺らが一番若かったと思いますね。結構ビビってましたけど(笑)。

—–あの当時だとなんだか想像が出来ますね(笑)。

それで次の日がまだセンター街にあった頃の渋谷の屋根裏だったんですけど、会場に行ったら出れないってなって(笑)。『聞いてない!』って(笑)。

—–わざわざ船で九州から来てですか?

そうなんです(笑)。でもその時の出演バンドがリップクリームとかガスタンクとか相当たるメンツだったので見れるだけでもラッキーだったし、ライブを観てまた船で帰りました(笑)。

—–そんな気軽な物じゃないですよね(笑)。ちなみにアグレッシブドックスはいつまでやってたんですか?

83年に結成して、92年位までだったかな?メジャーでアルバムが出たタイミングで俺とドラムで東京に出て行ったんですけど、ボーカルとギターは結局なんだかんだ九州に残って、遠距離バンドみたいになってしまったんですね。それでなんか行き来が大変になってしまって。

—–アグレッシブドックスも結成30周年って、凄いエネルギーですよね!

この間も30周年のイベントでドラゴンアッシュとか、10-FEETとかも出てたし、長い歴史もあるしとにかく凄いバンドですよ!ボーカルとは同じ歳ですしね。

—–30年同じシーンでお互いやってるっていうのは凄いですね。色々な興味深い話もたくさんありそうですし!

子供の頃からずっと一緒だったので。まー色々ありましたよね(笑)。

—–書けない事も(笑)。

まーそうですね(笑)。それで辞めてから地元のレコード屋さんで働き始めてっていうね。

—–さっきのKEMURI結成のきっかけとなる話と繋がるわけですね。

ですね。その時はまさか東京に出てくるとは思ってなかったですけどね(笑)。

—–ちなみに津田さんは楽曲も作っていますが、どういう方法で作ってるんですか?

今ってみんなパソコンで作ったりしてるじゃないですか?でも俺の場合構成は頭で考えておいて、ギターを持ってメロディーを歌うみたいなね。それで出来たのをメンバーにパソコンで打ち込んで貰って。

—–かなりアナログですね(笑)。

パソコンが苦手で(笑)。スタジオでやってもいいんですけど、時間かかるのでその方式ですね。基本他のメンバーは打ち込んだ状態のを持ってくるんですけど、俺の場合はドラムのイメージとかも口で説明して、最後の打ち込みを他のメンバーにお願いしてます(笑)。

—–曲を提供したりする際にバンド的にボツになる事もあるんですか?

自分で作ってる段階で、今一だなって思ったらボツにしちゃいます。

—–という事は各メンバーが持って来た時点で、作った本人それぞれが納得いってる作品っていう状態なんですね?

もしかしたら心の中でボツって思ってるかもしれないですけど今のところはないですね(笑)。今回の新しいアルバムに入れるはずだった曲が1曲あってメンバーで合わせたんですけどなんか今一で。それはボツというより保留ですね。また次の時にアレンジして使うかもしれないし。

—–今回も津田さんクレジットで曲を提供していますよね?

今回はでも割と少ない方で、他のメンバーがむしろ今回は多いですね。ドラムの庄至君が過去最高な位今回曲を書いてます。彼はポップスが好きだったり、俺のパンク的なアプローチとは違って曲作りが凄く上手でセンスがあるんです。

—–ライブでもこの新しいアルバムの曲は既にやっているんですか?

この間”O-zora”って曲は初めてやって評判は凄く良かったです。まだ会場の人達も曲を知らないので馴染んではいないと思いますけど、初めてやったにしては凄く盛り上がってましたね。

—–ベストも出して新譜も出るとなると、ライブの構成や曲選びも結構大変になってきますよね?

いやー大変ですね。でもやっぱり新しいアルバムからの新曲メインになるとは思いますけど、まだ正直分からないです。最近は曲選びとか曲順とかふみお君が結構提示してくれるので、もしかしたら既にふみお君が考えてるかもしれないですけど(笑)。ワンマンとかであれば色々な可能性はあるとは思いますけど、でも本当にどうなるかまだ分からないですね。

—–夏はさまざまなフェスに出演して、9月から自主イベントとリリースツアーが始まりますが、SKA BRAVOは物凄いメンツですよね!

これはヤバイ事になると思いますよ!当時は結構来日してたアーティストだけど、レスザンジェイクもリールビックフィッシュもスカンキンピックルスもきっと若い子達もあまり知らないと思いますし、そういう若い子達にも知って貰う機会になればって。それ以上に、アメリカで活動してた頃からの友達で、とにかく俺達が大好きなバンドなので凄く楽しみですね!

—–KEMURIならではの豪華なメンバー!特にスカンキンピックルが入ってるのがまた!

我々的には相当事件ですね(笑)。

—–最近はバンド主催でも色々なアプローチでイベントをしてるとは思うんですけど、スカに絞っているのはやはり何か想いがあるんですか?

色々なジャンルのイベントやフェスに誘って頂いて、色々なバンドと一緒にやらせて貰ってて、凄く新鮮で楽しいんですけど、自分達の20周年記念って考えた時に、やっぱりスカパンク縛りっていうのはふみお君もあったと思うし、俺も凄くあったんですね。

—–それが実現するって鳥肌が立ちますね。年内までリリースツアーを含め予定がびっしりですが、どんなリリースツアーになりそうですか?

結構この新しい感じのKEMURIが若い世代にも受け入れて貰えてる感覚もあるし、前から来てくれてる人達も好きな音だと思うし、アルバムも曲調がバラエティーに富んでいるので、反応も凄く楽しみですね。

—–この間のグリーンルームフェスティバルも凄く若い子達が盛り上がってましたよね!

やっぱり若い子達に伝えないと次に繋がらないと思いますしね。

—–若い世代のバンドとの交流もあるんですか?

HEY SMITHもそうだし、SiMもこの間一緒にやったし。でもみんな演奏が上手ですよね(笑)。もう一緒にやるのが恥ずかしくなる位上手ですよ(笑)。

—–でもこの新しいアルバム『F』はそんな世代の人達にも影響を与えると思いますよ!

もちろん今までKEMURIを好きな人にも聴いて貰いたいんですけど、若い世代やKEMURIを知らない人達に向けて作ったアルバムでもあるし、ベストの方もライブでやるような選曲が多いので、ライブに来た事無い人達にも聴いて貰いたいですね。

—–ベストから入って新しいアルバムを買うパターンも、新しいアルバムから入って掘るパターンも、今回のリリースで凄く可能性がたくさん見えますよね!

そうですね!新しい人にどんどん聴いて欲しいです!

—–最後になりますけど、バンドを長く続ける事が出来る原動力ってなんですか?

みんなそれぞれ違うと思うんですけど、俺なんかは他のバンドや音楽に常に刺激を受けてるっていうのもありますし、パンクロックとか昔から聴いていて凄くパワーを貰ってるんですよね。常に刺激が無いと続けられないんじゃないかなって思います。ライブでお客さんが『ワーー!』ってなってるの見てもがんばろうと思うしパワーを貰えるし!

—–音楽を辞めようと思った事は?

一度解散してからはふみお君も俺も再結成するなんて思ってなかったし、結局俺は違うバンドをやって音楽を続けてた。俺個人の意見としては、広く浅くっていうよりは狭く深く好きになる事が大事なんじゃないかなって。例えばスカパンクが好きだなって思ったらドンドン掘り下げて聴いて欲しいし、そこからハードコアとかレゲエとか、スカパンクきっかけで色々と刺激を求めていけば面白いと思うし続けて行く原動力になるんじゃないかなって思いますね。一曲だけダウンロードをするとかもいいですけど、アルバムを一枚ちゃんと聴き込むとか出来たらきっともっと楽しくなってくるんじゃないかな。

—–なるほど!では最後にメッセージを!

新しいKEMURIのスタイルというか挑戦というか、今までに無いKEMURIを今回『F』ってアルバムで表現出来たと思うから、ツアーも新鮮な感じになると思うし、新しい人達の新しい波があっても面白いと思うので!ベストアルバムと新しいアルバムを聴いて是非ツアーに参戦して欲しいです!

津田紀昭 (KEMURI) INTERVIEW


Interviewd by Kenichi Kono

リリース情報

KEMURI

KEMURI
11th ALBUM『F』
2015.07.15 Release

DISC 1
01. VEGA
02. WIND MILL
03. O-zora
04. creed
05. RAG
06. HATE
07. LADYBUG
08. somebody
09. Aye! Aye!
10. FLY
11. FAITH
12. We want to know!
13. PAIN

DISC 2
01. 「O-zora」 Music Video
02. ■TOUR 2015 RAMPANT –LIVE AT STUDIO COAST 2015.02.28
(全26曲/1時間38分・ノーカット収録)
01. SUNNY SIDE UP!
02. shining stars
03. My Hands
04. smallest big smile
05. New Generation
06. Minimum Wage
07. I am proud
08. our PMA
09. Silent Stone
10. 鉛の花
11. MADNESS
12. Time Bomb
13. brand new world
14. 白いばら
15. ima-sorewo-hikarini-kaete-susume!
16. Ve-Ri-Ha
17. Mr. SMILING
18. Broken wine glass, lonely night
19. Workin’ Dayz
20. Heart Beat
21. Prayer
22. PMA (Positive mental Attitude)
23. Along the Longest Way…
(encore)
01. Standing in the rain
02. Ohichyo
03. Ato-Ichinen

CD+DVD(DISC 1+2)CTCD-20025/B
¥ 4,200(+tax)

CD(DISC 1のみ) CTCD-20026
¥ 2,500(+tax)


KEMURI BEST ALBUM『SKA BRAVOKEMURI BEST ALBUM『SKA BRAVO

KEMURI
BEST ALBUM『SKA BRAVO』
2015.06.17 Release

DISC 1
01. New Generation(新録)
02. Prayer (新録)
03. I am proud
04. Standing in the rain
05. 白いばら (新録)
06. ima-sorewo-hikarini-kaete-susume!
07. Ohichyo (新録)
08. Mr. SMILING
09. Slow Lights (新録)
10. SUNNY SIDE UP!
11. Ve-Ri-Ha
12. Ato-Ichinen (新録)
13. PMA (Positive Mental Attitude) (新録)
14. Along the longest way… (新録)

DISC 2
1. PMA (Positive Mental Attitude) ミュージック・ビデオ [New Version]
2. KEMURI USツアー・ドキュメンタリー

CD+DVD(DISC 1+2)CTCD-20023/B
¥ 4,200(+tax)

CD(DISC 1のみ) CTCD-20024
¥ 2,500(+tax)


MORE INFO

KEMURI OFFICIAL WEBSITE
https://kemuri.com/

KEMURI 20周年スペシャルサイト
http://onecircle.jp/kemuri20th/


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