81BASTARDS インタビュー
2014年辺りから突如活動が活発化したアーティスト/クリエイター集団”81BASTARDS”。各々が持つ経験値やスキルがあるからこそ生み出されるアートは、遊びで心がありながらも常に真剣勝負。東京、日本全国から、はたまた世界へ発信を開始した彼らのCREWからMHAK氏とSAND氏とOT氏の3名にお話を伺いました。
81BASTARDS Interview
—–まずはメンバー紹介をして貰えますか?
MHAK(以下 M) : 81BASTARDSの国内組。ペインターはYOSHI47、INOUE JUN、SAND、OT、僕。そして、映像作家の3104君、写真家のRiO Yamamoto、DJ LZA。
Naoki”SAND”Yamamoto(以下 S) : で、海外チームにアーティストが2人。メルボルンのGhostpatrolと、LAのYoskay Yamamoto。合計で10人です。
—–物凄い人数ですけど、これって一堂に会した事はあるんですか?(笑)。
M : 今のところは無いです(笑)。個々での繋がりはあっても全員集合は難しいですね。早く全員集合して何かやりたい!(笑)
OT(以下 O) : 俺に至ってはYoskayと会った事ないです(笑)。
一同 : 爆笑
—–ロスとメルボルンと日本の3箇所に散ってるわけですが、そもそも誰きっけかで始まったんですか?
M : 僕とYOSHI47ですね。そもそもの始まりはSETSUZOKUっていうイベントを主催してる西堀さんと久しぶりに再会した時にイベントでライブペイントをしない?って誘われたのがきっかけです。ちょうどその頃はYOSHI47と『最近のライブペイントって面白くないね』っていう話をしてた時期でもあって、俺もYoshi47もライブペイントをしてなかったんです。それでSETSUZOKUに誘われたタイミングでYOSHI47と『全てを封印してふざけた事やってみようか?』っていうノリで始まったのが81BASTARDSなんです。
—–それっていつ頃の話?
M : 去年の9月ですね。
O : 俺、その時のイベントに遊びに行ってて同じ会場にはいたんですけど、まだMHAKとは知り会ってませんでしたね。
—–この全員の出会いを聞くのは大変なので(笑)、3人のそれぞれの出会いを教えて欲しいのですが、OTとMHAKの出会いは?
M : OTとの出会いはペインターのSHOHEI君(SHOHEI TAKASAKI)を介してですね。SHOHEI君は今ポートランドにいるんですけど、日本に一時帰国したタイミングで一緒に飯に行った時にOTも居てって流れです。
O : それで同じ歳だって事が分かって、『BASTARDS一緒にやる?』みたいなノリで(笑)。
—–なるほど(笑)。ではMHAK君とSAND君は?
S : 2年前になりますね。結構ペインター同士ってお互い名前とかは知ってても会ったりしない事が多いんですけど、MHAKもその一人で。YOSHI47とはプライベートでも仲良くて2人でテイストの違うペインティングをしたりしてたんですね。それで最初はYOSHI47とMHAKの3人で会ったのかな?そんな中、急にライブペイントをする事になったんです。だいたい僕らの集合場所ってハンズの画材コーナーで(笑)、そこでイノウエジュンも来てたんですけど『あ、どうも~始めまして~』みたいな(笑)。OTも最初は全身刺青入ってるし怖そうだなって思ったんですけど実際会ったらいい奴で。そんな細かい出会いがあって、チームワークと共にフレンドシップの結束が一気に固まったというね。
—–結構そうなると、気の合う同世代の繋がりの繋がりが1つにまとまった感じなんですかね?
M : そうですね。映像を撮ってくれてる3104君なんかも僕が強引に撮影をお願いして(笑)、写真家のRiOメンもそう。尊敬出来る人間で構成したかった。仕事としてというより、一緒に本気で楽しめる関係。そんな感じで人が人を呼びドンドン増えていきました(笑)。
—–まだまだ増えます?(笑)
S : この間も丁度そんな話を3人でしてて。今のところは増やす予定は無いですね。既にある程度ペインターそれぞれの役割は出来てると思うし、個性的な牌も揃ってるし、こうやって仲良くなって人間関係も築けてるから、このメンバーでこれからどういう表現が出来るかなっていうのが当面の活動ですね。
—–ペインターって特に我が強い人多いですよね?
M : 僕らに関して言えば、全員が前に出ていくというよりは、それぞれをカバーしあえて協力出来る関係性が強みです。もちろん皆んな我は強いですけど(笑)。
S : これが20代半ばの頃とかだったら絶対にみんなぶつかってたと思うし、このCREWは成立してなかったかな。
O : 俺が一番目立ちたいってなっちゃうしね。
S : 基本的に、まず各々の持ち場での活動っていうのは減らさないでしっかりとキープしていく事が前提です。個々で受けたオファーっていうのは、やっぱりクライアントもそのアーティストのイメージを求めてオファーしてくれるのである意味裏切れないと思うんですね。でもこのBASTARDSみんなで動いた時にどう裏切るかじゃないですけど、真剣に遊べるセクションっていうイメージなんですよね。
—–あまりこういうCREWってアートシーンにもいないですよね?
O : ここまでバランスが取れてるCREWはいないかもしれない。
M : ユニットとして活動してるアーティストはいても、個々でしっかり活動しつつ集まってるようなアーティスト集団っていうのはあんまりいないかもしれないかな。
S : ユニットとかで有名になってからバラバラになるのとは違う感じですね。
—–しかしこの見事なバラバラ感が堪らなく良いですよね。
M : そうなんですよ。それがこのメンツの面白い部分なんです。みんなバラバラ(笑)。
O : それでみんな気が合うっていうのは奇跡の集団だと思います(笑)。
S : 最近正に思うのが、俺らって今の歳でまた青春してるんですよ(笑)。
O : それはみんなによく言われる!『また修学旅行に行ったの?』って(笑)。
—–30半ばからの青春ですね。傍から見てると楽しそう(笑)。
O : 実際楽しいです(笑)。結構入りたいって言ってくれる人も多いみたいなんですけど。ただ遊んでるだけじゃないので(笑)。やる時はしっかりやりますよ。
S : 後は、最近思うのがなんかバンドっぽいんですよね(笑)。
—–あ、同じこと思いました(笑)。
S : 最初ウータンみたいなイメージがあったんですけど、みんながラッパーじゃないので、やっぱりバンドっぽい感じはしますね。
—–精神論も凄くバンドに近い感じがしますね。
S : 近いかも!聴く音楽も洋服の好みもバラバラだし。
O : ホント良くまとまったなって思います。
S : まさにバンドでいうとブレーメンの音楽隊に近いかも。あの感じをBASTARDSで表現したいなって。ブレーメンの音楽隊って、違う動物が高さを出す為に、鳥ばかりだったら2段しか積めないけど動物を分けたら4段積めるみたいな発想が凄くBASTARDSに近いと思う。俺はロバは嫌だっていう奴とか出てくると思いますけど(笑)。
O : 俺もロバは嫌ですね(笑)。でもブレーメンの音楽隊を絵にしたら面白そう。
S : 猿蟹合戦もイメージにあって。この間飛行機で観たX-MENとかもまさしくそう。全員がそんなにパーフェクトじゃないんだけどスーパーチームワークで戦って勝つみたいなのを観た時に、これってBASTARDSじゃんって。
M : チームワークは気質的にも日本人の武器ですからね。僕らの作品も各々を立てるのではなく如何に混ぜ込んでより良くするかだから根本にチームワーク魂が備わってる。
—–ちなみにどういうタイミングでBASTARDSとして活動をするんですか?
S : みんなそれぞれ活動してる場があって、色々なオファーとか話が来ると思うんですね。でもみんなプロフェッショナルなので、その案件を自分でやるべきか、もしくはBASTARDSに持って来て5倍以上に膨らませるかの判断が的確だと思うんです。そこがただのノリだけの遊びじゃないというか、プロ意識を持ってるので、それぞれが案件を持ってくるんです。
M : やれる事の可能性が一気に広がるので、普段自分が出来ない表現とかもBASTARDSになら求める事が出来る。複数のスタイルを持ってて、音楽も作れて、映像も写真も撮れる。BASTARDSはまさに怪物だと思います。
—–今までBASTARDSとしてどんな活動をして来ましたか?
M : まず最初にSESTUZOKUのイベントでYOSHI47と俺でライブペイントを2回やって、イノウエジュンが加入して3人になってからKITCHEN & COMPANYのパーティ、大阪での壁画。その後SAND君が入って4人でRODEO CROWNSのアニバーサリーパーティ。で、OTが入って5人になってルミネのアートイベント、そして四ツ谷でのBCTION壁画があって、GRAVISとのインスタレーション、湯野上温泉洗心亭のディナーショウでのライブペイント、そしてDC x Kineticsだったかな?
O : あ、後はメルボルンのグループ展に作品を出したり。
—–しかし結成してまだ全然間もないのに凄い勢いですよね(笑)。先日もメルボルンで絵を描いてきたみたいですけど、どんな経緯で?
M : そもそもはイノウエジュンがメルボルンで個展するっていうからみんなで観に行っちゃう?っていうノリ(笑)。それがスタートで。
S : 旅行してみっか?みたいな(笑)。
M : そうしたら向こうのギャラリーが、どうせ来るならペイントする?みたいに話をくれてっていう流れですね。
—–結局誰が描いたんですか?
M : yoshi47、INOUE JUN、Sand君、OT、David(Ghostpatrol)と僕です。
—–実際どうでした?
S : MHAKの集中力はいつもなんですが、今回はOTの描きたいオーラが凄かった。僕とYOSHI47は完全に疲れに持ってかれて(笑)その分、個人的にはまだまだやりたい欲を残してるので、イノウエジュンのいるうちにもう一回行ってやろうか!とか考えたりしています。
O : 限られた時間内ではやり切れたと思うんですけど、疲れましたね。一度もベッドで寝なかったし、床が木だったし(笑)。反応も凄く良かったので次に繋がるとは思います。やはり修学旅行感は半端なかったです(笑)。
M : BASTARDSとしてはじめて海外で見せる壁画だったので、OT節を前に出していったのは正解だったと思います。ばっちり日本を見せれた!ただ、個人的な感想としては作品としてのまとまりが足りなかったという反省点が大きいです。皆んな忙しくて念密に打合せが出来てなかったというのもあるし、移動の疲れもあったから仕方ないといえば仕方ないんですけどね(笑)。
上手くやればもっと良い作品は描けたと思います。でも、そのおかげで色々と問題点を発見出来たことが今のタイミングで良かったし、今後の課題はしっかりと見えました。結果的にはお客さんが喜んでくれた事が嬉しかったですね。
総括すると旅全体を通して腹抱えて笑った事や、この歳でサバイバルした過酷な時間を皆んなで共有出来た事は貴重な経験でした!(笑)
—–ちなみに基本誰が舵を取ってるんですか?
S : やっぱりMHAKなのかな?
—–ドラフトとかも?
O : ドラフトはみんなで決めてるんですけど、最近はクジ引きで決める?みたいな話もあって(笑)。でも誰がやっても出来ちゃうと思いますね。
—–あのGRAVISのバランスとか絶妙ですよね。
S : あれは完全にMHAKしか頭の中で描けてなくて、俺も途中まで何をやってるのか分からなかったんですけどね(笑)。
M : そうですね(笑)。頭の中でイメージは出来てても説明しきれてない(笑)。そこが僕のダメなとこです(笑)。
S : でもそんな中でも進められちゃうのはやっぱり信頼があっての事だと思いますね。
O : 結果完成系は凄かった。
M : 前に何の打ち合わせも無くいきなり描いた事があったんですけど、案の定失敗っていう経験があったので(笑)、それからはドラフトをきっちり描いてから描き始めるようにしてますね。
S : やっぱり何回か一緒に描き合わないと、ここはこう描きたいんだろうな?とかそういうそれぞれの気持ちとか思惑が伝わらないっていうのは実際あって。
O : でも各々のスキルとか経験値は高いと思うから、馴染むのは凄く早かったよね。
—–実際外から見て全然問題無い作品でも自分達的に良くない事ってあると思うんですけど、自分達的に方向性が見えたとかそういう瞬間ってあるんですか?
M : 細かいところを挙げ出したらキリがないです。(笑) でも、方向性が見えたというかこれこそ81BASTARDSだって実感したのは湯野上温泉でのディナーショーです。限られた時間の中でサポートしあってやり切った後の満足感が凄かった。みんな大満足の結果でしたね。
S : それぞれがサポートしながら、あの2時間はとにかくスパークしましたね。イノウエジュンが白塗りしてましたからね(笑)。普通しないでしょっていう。でもこのメンバーの信頼関係があるから出来た作品っていう実感がありますね。
O : 洗心亭のオーナーさんが感動して泣いてくれましたしね。
M : お客さんが普段クラブとかでのライブペイントを見に来る層とは違って、旅館の常連さんのおじさんおばさんだったっていうのもあったし、ショーのための参加費が2万円とかそんなイベントだったので、ぶっ飛んだ作品というより會津地方の分かりやすいモチーフを僕らなりに解釈して描き上げたんです。結果僕らのペイントに引き込まれてくれて、作品のクオリティーに感激して泣いてくれてた人がいたり、感動してくれた人達がダイレクトに意見をくれたのは本当に嬉しかったですね。
—–今までクラブとかでソロで描いてたライブペイントとこのBASTARDSでのライブペイントの違いってありますか?
S : これは決して馬鹿にしてるわけじゃなくて、例えばクラブとかでみんなが酔って騒いでる中で描いても結果が見えないっていうか。描いてそのままキャンバスを捨てるだけで終わっちゃう。5人で集まった時は、描き終わった時に5人で取り合う位の作品を作りたいなっていう気持ちではやってます。
—–そもそもソロでライブペイントをやらなくなったりする理由は?
O : やっぱりクオリティーの問題じゃないですかね。
M : 僕がライブペイントを辞めた理由って言うのがまさしくそこで。自分が納得出来るクオリティーを出し切れていない状態で人に見られる恥ずかしさっていうんですかね。そこで描いた作品が全てだって思われちゃうじゃないですか。それが不本意でしかなかった。
O : でもそこに関してはBASTARDSは5人いるし強いと思いますね。納得いく作品が出来るので。
S : ライブペイント経験者なら一度は経験あると思うんですけど、描いてる最中に酔った人が、『私にも描かせてよ~!』みたいなノリで来たりするんですよ。でもそれに対して怒るんじゃなくて、『今やってるDJに一曲かけさせてって言える?』って言うと大体みんな気がつくんです。まだまだライブペイントに対する認識が低いんだなって、ムカツクっていうよりはいつもショックで傷ついてたので。そこって多分マナーをアーティストサイドがちゃんと教えてあげる事が大切なんじゃないかなって思いますね。でもBASTARDSではそういう事が一回も無いし、実際BASTARDSに入ってソロでの誘いも無くなったので、そういう意味でライブペイントに対する認識っていうのが変わっていけばいいなって思う。
—–確かに。バンドのライブやってていきなりドラムを叩かれたらって話と同じですよね。
O : そうなんですよ。でもBASTARDSは、ライブペイントのアーティスト半面職人的な意識もあると思うので、なかなかこのメンバーで描いてる最中にそういう行為をするっていうのは出来ないと思いますね。
—–もう空気感とかオーラが出てるんでしょうね。
O : 特に意識はしてないんですけど、そうであって欲しいかな。
S : 例えばスケートボードって、俺達の時代は親が嫌がるスポーツだったのが、今は親が子供にスケートをさせたい時代になってて。『これやらないとお菓子買ってあげないよ!』とか言われてるんですよ(笑)。そこに凄く違和感を感じはするんですけど、それってスケートボードが2世代目に突入してきてて、親がスケートボードを好きで認識してる時代なんですよね。このアートカルチャーって、まだそういう2世代目まで浸透するほどの層も無いし、歴史も無いように思うんです。だから、僕は子供いるんですけどその子供の世代までしっかりと浸透させて底上げが出来ればいいなって。僕の子供とジュン君の子供が2013年生まれなので、2013BASTARDSなんていうのが出来たら(笑)、アートシーンにも凄く未来があると思う。
—–ここまでしっかりとした考えがアートに対してこのBASTARDSにはあるから、絶対に周りにも良い影響と刺激を与えますよね。
M : ライブペイントが当たり前になったというのは凄く良い事だとは思うんですけど、僕個人は見る側として描いてる人の一歩先の挑戦が見たい。同じ事の繰り返しではなくて、何かしらの変化を求めちゃうんですよ。新しいスキルを見せるだけでも良いし、何か変わった動きを見せたり、そういった部分に気付かせて欲しいのが個人的な願望です。だから、81BASTARDSではそういった客観的な視点も考えつつ何かしらの変化を常に示せるようにしていきたいんですよね。伝えたいのは挑戦する事を恐れるなって事。それが僕らのコンセプト『stick to your guns』なんです。
—–逆に、こうやってみんなで描いてると一人で描きたくならないんですか?(笑)。
M : 一人でのライブペイントには全く興味がありませんね。仕事として普遍的な僕の絵を求めてくれているのであれば描きますが、ただ、ライブペイントというよりかは時間をかけてじっくりと公開制作をしているという位置付けでならかな。だから短時間でパパパっというオファーは受けません。根本がそういうタイプでは無いので。
O : 僕の場合は、畑がそもそも違うので一回も思った事ないですね。
S : 俺も無いかな。一人でっていつでも出来るし。やっぱりずっとやってると自分の周りの仲間とか関係者が作品を見慣れすぎちゃってて。『行くけど、またアレでしょ?』みたいな(笑)。
—–(笑)。でもなんか夢が膨らみますね。みんなで遊んでるだけでも楽し過ぎるでしょ?(笑)。
M : そうですね(笑)。誰をメインにすえるかだけでも振り幅が倍以上だから、可能性しかないと思ってます。
—–今日のこのINTERVIEWの場所も完全に溜まり場になりそうな空間ですしね。
S : ここのスペース”SEE YOU SOON”もみんなで遊べる基地みたいな感じで、気軽に集まれればって。ここはbastardsだけじゃなくても若いアーティストとかが気軽に来れる場所になって欲しいし、ギャラリーみたいに垣根を高くしないでもっと自由に使って欲しい。『やりたいっす!』っていう人が来て何か面白い事が出来たら、未来に繋がるかなって。
—–なるほどなるほど。今後はどんなを活動をしたいとかありますか?
M : 皆んなが持ってる海外や国内の繋がりをフルに使ってワールドツアーとか日本ツアーをしたいですね。内容とかはまだ特に詰めてないですけど、少しずつオファーも集まってきてるので、何処かのタイミングにまとめてガシッとやりたい。
S : うん。外に出していきたいな。それぞれちょっとだけ和のテイストがあるからそれを海外でアウトプットしたらどうなるかっていうのは凄く観てみたい。僕なんかは単体で描いたら全然和風じゃないんですけど、みんなと混ざった時に和っぽくなるっていう発見があったし、それが日本のアイデンティティーになるなら使わない手は無いと思う。他の国の人が描けないテイストっていうは常にトライしていきたいですね。
O : きっとこのメンバーなら勢いで出来ちゃいますね。勢いだけあっても出来ない事はたくさんあると思うんですけど、なんか俺らは出来ちゃうと思うんですよね(笑)。各々がみんなしっかりと経験値あるし。
M : それぞれが今までに培ってきた経験値を持った10人分の歴史があるので、色々な可能性があると思います。
S : これ最後に言いたいんですけど、1000人のお客さんが見てくれてても緊張しないんですよ。でもこのCREWに見られてる方がよっぽど緊張するんです。そんな尊敬出来るメンバーが集まってるのが81BASTARDSなんですね。
Photo by RiO Yamamoto
81BASTARDS -member’s profile-
MHAK as Masahiro Akutagawa
1981年會津若松生まれ。ペインター。
デザイナーズ家具や内装空間に多大な影響を受けた事から絵画をインテリアの一部として捉え”生活空間との共存”をテーマに内装壁画をメインとした制作活動を行う。
空間と絵画を共存させる事は絵画そのものを雰囲気として認識させる必要性があると考え、抽象表現にこだわったスタイルを追求、曲線で構築し反復する独特な作風で個人邸やホテルなど数々の内装壁画を手掛ける。
現在までにアメリカ(ニューヨーク、ロサンゼルス、ポートランド)、アルゼンチン(ブエノスアイレス)、オーストラリア(メルボルン、シドニー)、イタリア(ミラノ)で作品を発表。また東日本大震災を期に故郷である會津地方でのアート活動も勢力的に行っている。故郷の伝統工芸や観光地とのコラボレーション、アーティストコレクティブ『81BASTARDS』の一員などその活動は多岐に渡る。
YOSHI47
1981年岐阜県生まれ、愛知県育ち。
16歳の時にBREAKINGを始め、そしてGRAFFITIを始める。
20歳の時にアメリカ、カリフォルニアに渡り、アートというものに出会う。アメリカの色々な州にてライブペイント、個展、アートイベントなどにて活躍し、その後サンフランシスコにてバイクメッセンジャーとなり、そのコミュニティーの中にて生きるための本当の意味を見いだし、その後に日本に帰国、東京にてメッセンジャーとなる。
現在はメッセンジャーをやめ、絵を描く毎日をすごしつつ、日本、アメリカ、フランス、中国、東南アジアなどにてグループ展に参加したり、個展をしたり、壁画、そして81BASTARDSの一員として新しい考え方のライブペイントなどを追求している。
基本は旅をして色々な物事を観るという価値観を大切にするために定住は全くしていない。日本各地を転々としながら、今は次なる場所を探し求めている途中である。
井上純
日本特有の繊細な精神性をアブストラクトな線で描き、独特な「間」を作品の中に生み出し、モダンなセンスと伝統的なスピリッツが混ざり合うように、絶妙な感覚が見る者の意識を刺激する。
スタイルが常に変化していく自身の表現は、平面から立ち上がり、ファッションやディスプレイデザイン等、様々な分野との融合が見受けられる。
2013年より『81BASTARDS』の一員としても活動している。
Naoki”SAND”Yamamoto / SAND GRAPHICS
1979年生まれ、東京在住。フリーデザイナーとしてグラフィックデザインをベースに活動。そのプロダクトやアパレルデザイン、ショップウィンドウ等、場所と手法を選ばすに表現を楽しむ。グラフィックレーベル「SAYHELLO」の他、ペインターとしてもペインティング集団「81 BASTARDS」に参加。独自の視点で全ての物をPOPに切り取る。
http://www.sandgraphicstokyo.com/
http://www.sayhellotokyo.com/
OT
東京在住。文身師、画家、81BASTARDS。
1999年より文身師として活動を始め日本伝統刺青を学ぶ一方、ペインター、デザイナーとの交流を通じ独自のスタイルを融合させる。
2010年からオーストラリアのTATTOO SHOPにも所属し、それをきっかけに、アジア、ヨーロッパ、その他多くの国外のコンベンションにも活動的に参加。作家活動にも意欲的に取り組み、近年はグループショー、個展等も行う。
Yoskay Yamamoto
1981年鳥羽市生まれ。
15歳でカリフォルニア州に渡米。西海岸の音楽やスケートボードカルチャー, グラフィティーカルチャー, カウンターカルチャー に衝撃を受け、2004年に短大のインターンシップでshorty’s skateboardで働いた時にDavid Floresと出会いアーティストとして活動を開始。
2007年に初個展をロスで成功させ、今までに8回の個展をアメリカ西海岸で開催。近年、香港Times Squareでの個展、パブリックインスタレーションさらにHawaiiで行なわれたPow Wow Hawaiiに参加し、国際的に活躍しているストリートアーティストと並び壁画を描き公共のスペースへも活動を広める。
ファインアートの世界にとどまらず2008年にはMunky Kingとのコラボレーション『koibito/魚恋人』をきっかけにデザイナートイ業界でも自身の世界観を広め、2011年にはlinkin parkがロサンゼルスで開催した東日本大震災の救済コンサートのメインデザインを提供、その他にもコミュニティーのサポートとなるチャリティーイベントにも作品を寄付している。
2013年にポートランドで行われたミュラルフェスティバルでMHAKと出会いアーティストコレクティブ『81BASTARDS』に加入。これまでにNew York, Seattle, Portland, Hawaiiのgalleryや香港、Barcelona、Tronto、Berlinでの展示と国際的なアーティストとして活躍。 過去にはFox Entertainments, Scion/Toyota, ebay, Hong Kong Times Square , Linkin Park,サンリオなどの企業に作品/デザインを提供。
Ghostpatrol
1981年タスマニア州ホバート生まれメルボルン在住。
イラストレーター、アーティスト。
2014年『81BASTARDS』に加入。
RiO Yamamoto
1981年生まれ。神奈川出身。
東京・神奈川を拠点に活動する写真家 。その場で起こった出来事を感じるがままにフレーミングし、独特の世界観を持った作品へと反映させている。とくにモノクロ写真を得意とし、手焼きプリントまでを一括しておこなう職人技によって生まれた作品には誰もが魅了されるだろう。
国内スケートボードブランドLesque Skateboards結成と共にスケートボード写真を撮り始め専属フォトグラファーとして活動し、その他ではSAGLiFE TOKYO、DAKINE、Levi’s等へ写真を提供している。年に一度、個展”LandSkate”を開催。2014年からは『81BASTARDS』チームメイトでもあるMHAKと共にGRAVIS Footwearのアーティストフォトグラファーとしてチーム入り。
3104Style
北鎌倉生まれ。映像作家。
作り上げたものの素晴らしさよりも、その時その時の瞬間、その場の空気を表現することの素晴らしさを大切にし表現していく。人それぞれのSTYLEを形にしていく事をコンセプトに『81BASTARDS』結成当初から全ての撮影と編集を担当。
その他にもLevi’s、DC SHOE、Bluemoon、TOMMOROW LAND等の企業へ映像作品を提供している。
得意料理はグリーンカレー。
DJ LZA
『81BASTARDS』の sound部門担当(DJ&Track Making)
都内を中心にDJとして活動し、VJ集団『PlayBackBoys』としても活動。
http://www.mixcloud.com/lzakazuki/
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